大判例

20世紀の現憲法下の裁判例を掲載しています。

岡山地方裁判所 平成2年(ワ)427号 判決

原告

佐賀世津子

被告

西川健一

ほか一名

主文

一  被告らは、連帯して原告に対し、金六五七万一四三五円及び内金五九七万一四三五円に対する昭和六〇年一〇月二日から支払済みまで年五分の割合による金員を支払え。

二  原告のその余の請求を棄却する。

三  訴訟費用は、これを五分し、その一を被告らの、その余を原告の各負担とする。

四  この判決第一項は仮に執行することができる。

事実及び理由

第一原告の請求

被告らは、連帯して原告に対し金四三四一万三六五五円及び内金三九四一万三六五五円に対する昭和六〇年一〇月二日から支払済みまで年五分の割合による金員を支払え。

第二事実の概要

本件は、大型貨物自動車の(以下「大型貨物」という)と衝突して負傷した普通自動車の運転者が、大型貨物の運転者に対しては民法七〇九条に基づき、右大型貨物の保有者で右運転者の使用者に対しては自賠法三条、民法七一五条に基づき、損害賠償を請求した事案である。

一  (争いのない事実)

昭和六〇年一〇月二日午前七時三〇分ころ、岡山市新庄上四〇五番地先の交差点において、原告運転の普通自動車と被告西川運転の大型貨物とが出会い頭に衝突した。

被告西川には過失があり、被告片井は大型貨物の保有者で、被告西川の使用者である。

原告は本件事故により、脾臓破裂、顔面切創、右鎖骨骨折、左第二・五・六・八肋骨骨折等の障害を受け、川崎医科大学附属病院で入院治療を受けたが、脾臓を摘出する手術をした際の輸血により肝炎を併発し、その後この肝炎については、昭和六三年一二月一日まで治療を受けた。

原告は、本件事故による損害賠償として、一三七九万三九〇〇円を受領した。

二  (争点)

被告らは、右肝炎と事故との因果関係、原告の後遺症の程度・逸失利益等の損害額を争うほか、本件事故については、原告の安全確認を怠つた過失も一因をなしているとして、過失相殺すべきであると主張する。

第三争点に対する判断

一  損害額

1  治療費 一〇九万五九四五円

当事者間に争いがない。

2  付添看護費 九万二五〇〇円

原告は、事故日である昭和六〇年一〇月二日から同年一〇月二六日まで二五日間入院したが(争いのない事実)、証拠(甲一一の二、二〇、乙一、三、証人佐賀)によれば、この期間は付添看護を要する状態にあり、その間原告の夫等近親者が付き添つていたことが認められ、近親者の入院付添費は一日当たり三七〇〇円と認めるのが相当であるから、二五日間で右金額となる。

3  入院雑費 八万二〇〇〇円

原告は前記の通り二五日間入院したほか、前記肝炎で昭和六〇年一一月二八日から同六一年一月二一日の五五日間(争いのない事実)、妊娠中絶のため昭和六一年三月二五日から二六日の二日間(甲一七、証人佐賀)それぞれ入院したので、合計八二日間入院したことになる。

なお、前記争いのない事実によれば、右肝炎は、本件事故によつて直接生じたものではなく、原告が事故後脾臓摘出手術を受けた際になされた輸血が原因となつて起こつたものであり、被告らは事故との因果関係を争つているが、証拠(甲一八、証人平野)によれば、本件事故を原因とする脾臓摘出手術のために輸血が必要であつたことが認められ、また輸血により肝炎が併発したことが医師の過失によるものと認めるに足りる証拠も存しないから、本件事故と肝炎との間には相当因果関係が存在するものというべきである。

しかして、入院雑費としては、一日当たり金一〇〇〇円と認めるのが相当であるから、これにより計算すると右金額になる。

4  通院交通費 一七万四九〇〇円

原告は、合計五三日間通院したが(争いのない事実)、証拠(甲二六の一ないし一一、証人佐賀)によれば原告方から病院まで公共の交通機関はないため、右料金は一日当たり、三三〇〇円程度であつたことが認められ、タクシーを利用していたこと、右料金は一日当たり、三三〇〇円程度であつたことが認められ、原告の症状からタクシー利用もやむをえなかつたと推認できるので一日三三〇〇円として五三日間で右金額となる。

5  休業損害 二四三万七八二三円

証拠(甲二一ないし二五、乙六の一、二、証人佐賀)によれば、原告は、昭和三七年五月一一日生まれで昭和六〇年三月に就実大学を卒業し、そのころから名工建設株式会社の臨時職員として勤め出すようになり事務などの仕事をしていたが、同年九月には現在の夫である佐賀美英と結婚し(結婚式は九月二八日で入籍は一〇月三〇日である)、一緒に生活するようになつたところ、一〇月二日に本件事故に遭い、同日をもつて右名工建設から解雇されたこと名工建設における雇用期間は一〇月三一日までで、名工建設では一月に一〇万円程度の収入を得ていたが、雇用期間終了後は勤めに出ず、専業主婦となる予定であつたことが認められる。

右認定の事実によれば、原告は、事故当時二三歳の兼業主婦であり、家事労働に従事するとともに名工建設で臨時職員として勤務していたもので、昭和六〇年一一月以降は専業主婦となる予定であつたことが認められるから、原告の休業損害を算定するに当たつては、昭和六〇年度の賃金センサス第一巻第一表、産業計・企業規摸計・学歴計・女子労働者(二〇~二四歳)の平均賃金額を基準としてこれを算定するのが相当であり、これにより低額の原告の名工建設での実収入を基準とすべきでない。

そして前記争いのない事実及び証拠(甲一八、一九、証人平野)によれば、原告は、事故後脾臓破裂等で一〇月二六日まで入院し、一旦は退院したものの、その後肝炎が併発したため一一月二八日に再び入院し、翌六一年一月二一日に退院したこと、退院後は専ら肝炎の通院治療を行つたが、右治療は投薬、日常生活の注意(食事、食後の安静、過労を避ける等)が主で、昭和六三年一一月一五日には肝機能検査成績も正常範囲となり、同年一二月一日に一応症状固定とされたことが認められる。

右認定の事実に徹すると、本件事故後昭和六一年一月二一日の退院までの期間は全く就労不能であつたものと推認されるものの、それ以降症状固定日の昭和六三年一二月一日までは、原告は家にいて通院治療をしていたもので、この間の通院日数は五〇日弱であり、原告が家事従事者であること、原告の肝炎の治療状況等を併せ考えると、右期間中全く就労不能であつたとは認められず、右期間全体を平均して収入の三〇パーセントに限り賠償を認めるのが相当である。

そこで、前記センサスの額を基準として休業損害の額を計算すると、二四三万七八二三円となる。

2,091,200×112/365+2,091,200×1045/365=2,437,523

6  逸失利益 八八七万〇一六八円

本件事故により、原告は脾臓喪失により後遺症等級第八級一一号、女子の外貌醜状痕につき第一二級一四号の併合七級の事前認定を受け、また輸血により非A非B型肝炎ウイルスを体内に保有しており(争いのない事実)証拠(甲二〇、乙五)によると、原告の顔面の醜状痕は長さが二・五センチメートル以内で幅が〇・一センチメートル位の醜状痕が顔面左前額部及び左頬部に数本存在するほか左眉尻下部に粒状痕が存在するというものであることが認められる。

しかしながら、このような醜状痕が人の精神的・肉体的活動機能を客観的に阻害し低下させるものとは通常考え難く、また、原告の年齢や原告が既婚の主婦であることを併せて考慮すると、本件醜状痕によつて原告の労働能力の一部が現に喪失し、或いは将来低下するとは認められない。

また、脾臓は生命の維持に不可欠な臓器ではなくこれを摘出しても他の臓器がその機能を代行し特別の支障は生じないと一般には言われているものの、なお、脾臓の機能には不明な点も多いうえ、証拠(証人佐賀)によれば、原告は脾臓の喪失によりしばしば腹痛を訴え、疲れやすくなり、無理ができないことが認められ、原告の脾臓の喪失が、原告の今後の家事・育児その他の労働にいくらかは影響を与えるであろうことが推認されるところであり、脾臓の喪失が労働基準法上の障害等級第八級とされ、その労働能力喪失率も四五パーセントとされていること、原告の年齢・職業等を総合すると、原告は脾臓喪失によりその就労可能全期間にわたり少なくともその労働能力の一五パーセントを喪失したものと認めるのが相当である。

なお、原告は前記のとおり肝炎のウイルスを体内に保有しているが、証拠(証人佐賀、証人平野)によると、今後の検査通院、日常生活上の注意、軽い自覚症状などにより原告にある程度の負担がかかることは否定できないものの、現状では、日常生活や家事労働には支障がないものと認められるから、これを後遺症として逸失利益算定の基礎とすることはできない。また、肝炎が肝硬変や肝癌に移行するなど将来において原告の身体に悪影響を与える可能性も否定できないが(甲二九、証人平野)、現実に生じた損害の填補を目的とするという損害賠償制度の趣旨からは、現実に損害が発生していない以上、損害賠償額算定の基礎とすることはできない。

そして、前記センサス(但し、症状固定した昭和六三年度(二五~二九歳)のもの)により、症状固定時満二六歳の原告が六七歳に至るまで四一年間の労働可能期間に失うことになる収益の総額からホフマン式計算法によつて年五分の割合による中間利息を控除して原告の逸失利益を算出すると、次の計算式のとおり八八七万〇一六八円となる。

2,691,600×21.97×0.15≒8,870,168

7  慰謝料 一〇五〇万円

本件事故により、原告が前記の傷害を負い、長期間の入通院を余儀なくされたこと、前記の後遺症が残つたことのほか、原告が肝炎のウイルスを体内に保有するに至つたため日常生活に一定の負担がかかるようになるとともに、将来にわたつて肝炎が悪化するという不安が存在すること等の事情を総合すると、原告の慰謝料としては一〇五〇万円と認めるのが相当である。

8  以上の損害額を合計すると、二三五三万三三三六円となる。

二  過失相殺

前記争いのない事実に証拠(甲二、四、八ないし一〇)を総合すると、次の事実を認めることができる。

1  本件事故現場は、新庄下方面から門前方面(南から北)に向う道路(以下「南北道路」という)と津寺方面から山手村方面(東から西)に向う道路(以下「東西道路」という)がほぼ直角に交わる交差点であること、本件交差点は、信号による交通整理がなされていない見通しがよい交差点で、南北道路には交差点の手前に一時停止標識が表示されていること、南北道路には毎時四〇キロメートルに速度制限がなされていること、本件現場付近の交通は閑散としていること。

2  被告西川は南北道路を南から北に向つて時速五〇キロメートルで進行していたが、交通閑散であることに気を許し、一時停止標識に従つて停止せず、左右の安全を確認しないまま減速することなく進行し、本件交差点の手前約三〇メートル付近で東西道路を東から西に進行してくる原告車を発見し急制動の措置を採つたが間に合わず、原告車の左側に自車右前部を衝突させた。

3  原告は、東西道路を東から西に向い時速約四〇キロメートルの速度で進行して交差点に進入しようとしたが、被告車と衝突するまでは被告車には全く気づかなかつた。

右認定の事実によれば、被告西川には、本件交差点の手前で一時停止し、左右の安全を確認して進行すべき義務があるのに、これを怠つた過失があり(被告ら代理人は、原告車を発見するのが遅れたことが事故の原因である旨主張するが、そもそも被告車が一時停止標識に従つていれば事故は起こらなかつのであるから、発見遅れのみを過失とすることは相当でない。)原告にも交差する南北道路に一時停止の標識があつたとはいえ、交差点に進入するに当たり安全確認を怠つた過失があるというべきであり、被告車が大型車であることも考慮すると、原告と被告の過失割合は被告西川が八割五分、原告が一割五分とするのが相当である。

4  従つて、右一割五分を減額すると、被告らが原告に対して賠償すべき損害額は、一九七六万五三三五円となる。

三  損害の填補

原告は、前記のとおり、一三七九万三九〇〇円を損害の填補として受領しているためこれを控除すると、被告らが原告に対して賠償すべき損害額は、五九七万一四三五円となる。

四  弁護士費用 六〇万円

本件事案の内容等を考慮すると、本件事故と相当因果関係のある弁護士費用相当の損害額は、六〇万円と認めるのが相当である。

五  以上の次第で、原告の請求は、金六五七万一四三五円及び内金五九七万一四三五円に対する不法行為の日である昭和六〇年一〇月二日から支払済に至るまで民法所定の年五分の割合による遅延損害金の支払を求める限度で理由がある。

(裁判官 將積良子)

自由と民主主義を守るため、ウクライナ軍に支援を!
©大判例